王妃様は母にとって長らく憧れの人でした。実際の御姿なぞ一度も目にしたことがなかったのに、母はその美貌をめぐる噂やら、色恋のゴシップやら、婚礼を祝して夜空に打ち上がったきらびやかな花火やらに想像をふくらませ、王妃様を熱烈に慕っておりました。道ばたに落ちている古新聞に王妃様の姿を見つけると、大事に拾い上げ、泥をきれいに落として、家の壁に貼りつけてはうっとりと眺めるのが常でした。たいがいは、王妃様の浪費癖や交友関係をあてこすった風刺画であったにもかかわらず。
かの有名な「首飾り事件」の噂を最初に耳にしたときも、母はただ不思議そうにこう言うばかりでした。
「でも王妃様なら、美しいアクセサリーを身につけたがるのは当然ではないの?」
わたくしたち下々の世界にまでおりてきた事件の第一報は、宝石商人だの、枢機卿だの、誰かに変装した誰かだの、さまざまな登場人物が入り乱れて、いったい誰が悪いのやらさっぱりといった有様でした。ですから、母がこの事件をごく楽観的にとらえたのも無理はありません。母の頭ははすぐに、豪奢なネックレスを首にまとった王妃様のことでいっぱいになってしまいました。
「いったい、どんなに素敵な首飾りなのかしら」
母は近所のお針子の奥さんからもらった青の絹と赤の端切れを細長く切り、一本のリボンのように縫いあわせました。そう、それがこのわたくしの皺だらけの手にぶらさがっている、あなたがたのお目当ての首飾りです。540粒のダイヤモンドをちりばめた幻の首飾りとは、およそ比べ物にならない代物でございしょう。長らく母の唯一の形見としてひっそりと持っていたこの品を、幾万もの人びとが訪れるという革命史展示室に連ねるのは、誇らしい一方、不安でもございます。
540粒のダイヤモンド……といわれても、華やかな服飾に縁のない貧しい母には、実際の姿をイメージできなかったのでしょう。おそらく母は「ダイヤモンド」なるものが無色透明な石であることさえも知りませんでした。母にとっての「この世でもっとも価値がある、キラキラした物質」とは──黄金でした。母はおんぼろの戸棚の奥から、小さな木箱に入った錆だらけのエキュ銀貨を取り出すと、黄色と白の縞模様の布で包みこみました。即席の金メッキというわけです。遠目であれば、光に反射した金貨のように見えないでもありません。母はそれをリボンの両端に縫いつけて、わたくしの首にかけてくれました。
「もしお母さんが突然死んでしまったりして、困ったら、ここから銀貨を取り出してパンを買いなさい」
わたくしは大喜びしました。いかに粗末な手作りの品であろうと、広場の隅に生えた雑草を撚って作った、半日でしおれてしまう花輪とは全くちがいます。それに、いざとなればこれで食べ物を買えるのです。わたくしは母が市場で働いている間じゅう、砂埃のけぶる足元にしゃがみこんで、その首飾りを自分の首やら、顔見知りの野良猫の首やらに掛けたり外したりして遊んでおりました。
あなたの母は頭が悪かったのではないかとか、精神の成長に遅れをきたしていたのではないかとか、おっしゃる方もいるでしょう。書物から100年分の智慧を与えられた若い世代の方々には、そうとは意識せずに歴史の渦中に生きた過去のひとびとの心を推し量るのは難しいかもしれません。記録にも残らぬ市井の人びとの心であれば尚更でしょう。
しかし、どうか想像してください。このたびあなたがたが計画している2度目のパリ博覧会の開催さえ、未来の人びとから誹りを受ける可能性があるのだと。「パリの景観を破壊する奇怪な塔や館を建て、世界じゅうから人びとを集める馬鹿騒ぎに賛同するとは、なんと愚かな民であることか!」──そう罵られても、決して不思議ではないのです。
むろん、実際にそうなるかは存じません。ただ、その可能性は充分にあると思うべきです。若者はもちろん、たとえ100年の歳月を生きながらえた老獪な婆であっても、いま現在の事象は正しく視えぬものなのですから。
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母はたしかに特異な人でありました。けれど、それは彼女が人一倍弱かったという意味ではありません。むしろ彼女は強い人でした。革命に恐れおののき、あっさりと王家を見捨てて逃げ出した貴族やその召使いなぞよりもずっと、彼女は確固たる忠誠心を持っておりました。首飾り事件の全容がわたくしたちの耳に届くようになってもなお、母の王妃様への信仰はゆるぎませんでした。誰も彼もがそのゴシップを噂し、王妃様に非難の声を浴びせていましたが、母はいささかも頑なな態度を崩しませんでした。
「王妃様は悪くない」
「本当に悪くないのかしら?みんな王妃を罵っているわよ」
「王妃様は悪くない」
「本当に悪くないのかしら? あの首飾り、先代の王が愛人のために作らせたそうじゃない。だとすれば、もし王妃が真実を知らなかったにせよ、何らかの責任があるに決まっているわ。だって、王室の一員なんだから」
奥歯をきつく噛みしめるのに疲れた母は、業を煮やしたようにこう返すのでした。
「もし王妃様が悪いとしたって、だれも王妃様の代わりにはなれないでしょう!」
おそらく母は、世界がひとつであるのを知らなかったのです。わたくしたちの貧困と彼らの贅沢が同根の関係であることを。この世の富の総量はある程度きまっていることを。わたくしたちに行き渡るはずの何万ものパンが、王の愛人のダイヤモンド1粒に化けてしまったことを。不思議なものです。銀貨を布でくるんで作った首飾りがパンを買うのに役立つと知っている彼女が、なぜだか王妃様の首飾りに関しては同じ発想を持てないのです。悪臭たちこめるパリの長屋と、柵の向こうに広がる薔薇色のヴェルサイユ宮殿は、彼女にとってはまったく別の世界でした。夫を馬車との接触事故で亡くし、乳飲み子の娘をひとり抱えて、安い野菜を安い日給で売る虚しい仕事にくたびれ果てるなか、母はきらびやかな神話への信仰をいっそう深めていったように見えました。
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ですから、いよいよわたくしたち庶民の暮らしが厳しくなり、これは宮殿へ乗り込んで国王一家をパリに連れ戻さねば、という女たちの密談が市場の片隅で持ち上がったときに、母ひとりが野菜籠を手にぽかんとしていたのも無理はありません。おとぎ話だと思っていたあの柵の向こうの世界に、足を踏み入れる? いったいどういうこと?
まるで事態を飲み込めていない母とて、抗議のための行進となれば立派な頭数になります。頭の回る魚屋のおかみが、母の耳にこう吹き込みました。
「一緒に行こう。あんたの王妃様に会えるチャンスだよ」
会える? 嘘でしょ? 本当に? そう繰り返す母の左腕を笑いながら取って、彼女は母を市場から引きずりだし、市庁舎の前に連れていきました。うっかり置いていかれそうになったわたくしは、慌ててふたりのあとを追いかけ、母の汗ばんだ右手をぎゅっと握りました。もちろん首にはあの大事なネックレスをぶらさげています。
母はただただ訝しんでおりました。ある日突然、教会に行ったら本物のマリア様に会える、と言われたようなものです。しかもそのマリア様を教会から連れ出して、自分たちと同じ場所で暮らさせる、だなんて。そんな奇跡がありうるでしょうか?
パリからヴェルサイユまでの道を徒歩で行くなぞ、いまの若い方にはきっと想像できないでしょう。でも、昔の女たちは貧しくても屈強だったのです。雨も風ももろともせず、5、6時間の道のりを、彼女たちは威勢よく歩き続けました。あっという間に疲れて眠くなってしまったお荷物のわたくしは、母の腕から仲間たちの腕を転々とし、いつの間にか屈強な兵士の肩の上に乗せられていました。兵士は銃やら剣やら鍋やらを山ほどかついでいたので、まるで自分ががちゃがちゃ鳴る武器の一部になったかのようでした。
ヴェルサイユに近づくにつれて、群衆はどんどん増えていきました。妻や恋人を追いかけてきた庶民の男たちも続々と列に加わりました。はじめはとりとめもなかった彼らの怒号は、やがて合唱のようにひとつに揃い始めました。「パンをよこせ!」「パンをよこせ!」その声は歩を進めるごとに大きくなってゆきます。
群衆はヴェルサイユの門の前で夜を明かしました。動きがあったのは明け方だったでしょうか。 母や母の仲間たちや兵士の肩に乗ったわたくしが、押し流される波のごとく宮殿の敷地に押し入った頃には、すでにふたりの男が館のバルコニーに立ち、うちひとりが数千の群衆に向かって何か語りかけているところでした。ひとりが国王ルイ16世、隣でうやうやしく身をかがめているのが、国民衛兵司令官のラファイエットでしょう。庶民たちが騒いでいるので、国王の声はまったく聞こえません。群衆の声は「パンをよこせ!」から「王妃も出せ!」に変わってゆきました。母は声ひとつもらさず、ただ祈りのように両手を組み合わせ、バルコニーに面した大きな窓をじっと見つめておりました。
王妃様が現れた瞬間の母の表情を見ていなかったことが悔やまれます。なにぶんわたくしも、王妃様のお姿にすっかり目を奪われてしまったのです。これほどに足どりがゆったりとした、これほどに肌の色が真っ白な、風にそよめく花のように顔をかしげてほほえむお方がいるだなんて。
早朝でしたから、まだベッドから起きて間もなかったのかもしれません。わたくしたちが今日よく目にする盛装の肖像とは程遠く、化粧もほとんどしていないようでしたが、絹のネグリジェと花の刺繍入りの薄いショールを羽織った姿は女神そのものでした。微かに朱く染まった頬から肩に至るまでの首の曲線は、陶器さながらになめらかで、傷ひとつありません。
わたくしは思わず、自分の垢だらけの首にかかったネックレスを握りしめました。先ほどまで唾を飛ばして罵声をあげていた群衆は、いまや動揺と困惑にとらわれて静まり返っていました。この美しい人を、宮殿から引きずり出すだって? およそこの世のものとは思えぬこの人を、この世の悪しき吹き溜まりたるパリに連行するだって? 本当にそんなことをしていいのだろうか? 血なまぐさい怒りがすべて吹き飛んでしまいそうな、すべてを許してしまいたくなるような神々しさを、そのときの王妃様は放っていたのです。
「王妃、万歳!」「王妃、万歳!」そんな声が四方八方から上がり始めます。けれど、耐えている群衆もいました。見ては負けだ、とでも言いたげに、バルコニーから懸命に目をそらし、地面に首を垂れながら、彼らは絞り出すような声でこうつぶやきました。「パリへ行け!」「パリへ…… 行け !」
そのごくわずかな声を聞きつけたのでしょうか。王妃様は虚をつかれたように、首をかすかに左側に向けました。 花びらがひとひらこぼれたかのように、ショールが右肩からすべり落ち、真っ白な二の腕までがあらわになりました。わたくしは思わず息を呑みました。 ショール を再び肩にかけたそのときに一瞬だけ見えた、唇の周りに苦悶の皺を寄せたその表情は、 王妃の悪行を問い詰められたときの母にそっくりだったのです。
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王はヴェルサイユ宮殿を出てパリに居を移し、民とともに暮らすと群衆に向かって約束しました。
祭が終わった後のように、人びとはばらばらとバルコニーの下から退いていきます。兵士の肩からようやく降ろされ、母のもとに駆け寄ったわたくしは驚きのあまり立ちすくみました。母が泣いていたのです。薄汚れた両手を目元に当てて、 彼女は、少女のようにおいおいと泣きじゃくっていました。
びっくりしたのはわたくしだけではありませんでした。一緒にやってきた仲間たちも戸惑っていました。背中をさすったり、頭を撫でたり、額にキスしたりして、必死で泣き止ませようとしています。人のいい魚屋のおかみはもらい泣きしそうになっていました。「あたしたちね、別に王妃をいじめたかったわけじゃないんだよ。わかってくれないかな」──けれど、母は首を振るばかりです。
何度もしゃくりあげ、鼻をすすったあげく、母はようやく小さな声で言いました。
「王妃様と目が合った」と。
みんな一斉に大笑いしました。「おんなじように思った人、ほかに100人はいるかもねえ」「ああ、あたしも目が合った気がするよ!」だれもが腹を抱えて笑うなか、仲間のひとりが、やさしく、哀れみをこめて言いました。「あんた、ほんとうに王妃が大好きなんだねえ」
大好き、に間違いはないでしょう。けれど、いまのわたくしにはもう少しだけ母の気持ちがわかります。100年経ったからこそやっと理解できた、ともいえるでしょう。たぶん母は、王妃様が目の前に現れた瞬間、この世界がひとつであることを少しだけ悟って、その衝撃と畏怖のために泣いたのでしょう。悟ったのは母だけではありません。きっと、あのバルコニーの上の王妃様も同じでした。彼女もまた、怒りに満ちた群衆たちを目の当たりにして、自分の世界と「民の世界」が地続きであるとはじめて真に理解したのでしょう。きっと、ふたりの目が合ったというのは、母の行き過ぎた妄想ではありません。わたくしはそのように信じております。
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それから数年後、母は流行病に倒れました。今でこそ有効な予防法がありますが、当時ならば王侯貴族から庶民まで誰でも罹る可能性のあった病です。枕の上で高熱に浮かされながら、母は、まだ幼いわたくしの運命と同じくらい、王妃様のことを気にかけていました。「その銀貨だけでもあなたに残せてよかったわ」──そうつぶやいた矢先、まるで別人のように取り乱すのです。「ねえ、王妃様も処刑されてしまうの? そんなのいやよ」
わたくしは何も申せずにおりました。
たぶん母の予感はあたっている、と思いました。もはや暴動も辞さぬフランス市民たちの激しい怒りと憎悪を思えば、国王の処刑だけで事が済むとはとても考えられません。でも、もしそうだと言ったら、母までも王妃様と一緒に死んでしまいそうな気がいたしました。神話をうのみにした者が、その神話とともに滅びる。それはいかにもありえそうな世の理のように思えました。
実際には、母は王妃様の処刑より何ヶ月も前に亡くなりました。死に際の病状については、いまでも思い出すのが躊躇われます。誰もが罹るかもしれない病気ではありますが、もし医者に頼ることができれば、せめてもう少し穏やかな最期だったに違いありません。
ですから1793年のあの日、 コンコルド広場に詰めかけた群衆の頭の向こうに、断頭台が天国の門のごとく屹立しているさまを見たとき、ずるい、とさえ思ったのです。いかに民から見世物にされようとも、罵声をあびようとも、ただ一瞬の肉体の苦しみだけで世を去れるだなんて。しかもわたくしの名もなき母と違って、王妃様の波乱と葛藤の生涯は、この先100年、200年と語り継がれることでしょう。なんと不公平なことでしょうか。その差は決して埋めることができないのです。たとえ100年後に、彼女の娘がようやく重い口を開いたにしても。
わたくしは荷車で運ばれてきた王妃様が、両手を拘束されたまま、 断頭台の丸い穴の前にしずしずと首を差し出すのを見ました。その土気色の首には、バルコニーで目にしたときの優美さはもう無く、ひしゃげた筋や小さな喉ぼとけが不気味に浮きあがっていました。刃が天から地に落ちた瞬間、わたくしは、自分の首にかけたネックレスが首に強く食い込むのを感じました。首がおもちゃのように転がり、群衆から歓声がとどろいたとき、わたくしはこう思わずにはいられませんでした。これほど多く人の血が流れるよりも前に、この結末を食い止める方法もあったのではないか、と。せめて540粒のダイヤモンドのしずくが、ベッドの睦言のなかで形を成し、国をつかさどる人びとの間で不幸な取引が始まるよりも前に。
(この物語はフィクションです)