Writer/文筆家

【連載】『わたしが推した神』ACT2-7 ニジンスキー、ニューヨークへ飛ぶ。

 

 ニジンスキーはバレエ・リュスを失い、苦境に立たされた。
 バレエ・リュスもまたニジンスキーを失い、苦境に立たされていた。

 ニジンスキーを解雇したあと、ディアギレフは躍起になって後任を探しまわった。もちろんバレエ団の内部にだって、実力派のダンサーはたくさんいる。だが、そういう問題じゃない。
 彼がほしいのは、つまり“自分と愛し合ってくれる男”だった。
 新作『ヨゼフ伝説』も本格的に準備を始めたい。急がねばならなかった。振付師としてミハイル・フォーキンを呼び戻した以上、もう愛を失った苦しみに浸ってばかりもいられない。前に進まねば。足りないのはヨゼフ役を踊る新エースだけだ。
 ディアギレフは自らスカウトに乗り出した。出張先のモスクワでも、ボリショイ劇場に何度も足を運ぶ。そんなある日のこと、『ドン・キホーテ』のある場面でディアギレフは思わず身を乗り出した。
 とんでもない美青年が、舞台の隅っこで踊っているではないか。
 ビザンティン美術のイコンを思わせる、古風ながら彫りの深い顔だち。大きく印象的な黒い瞳。美貌はニジンスキーの比ではない。ただ、ダンスはかなり未熟だ。O脚ぎみだし、お世辞にもクラシック・バレエ向きのスタイルとはいえない。ボリショイ劇場で大成できる器ではない。

 それでも、ディアギレフの嗅覚は動いた。
 プロデューサーとしての、そして男に恋する男としての。
 いける。

 青年──18歳のレオニード・ミューシャンは、ディアギレフからのスカウトに怖じ気づいた。彼は自分のダンスの才能の限界をわかっていた。美しい容姿を活かして、俳優に転向しようかとさえ考えていた。あの有名なバレエ・リュスで、しかもいきなり主役を踊れだなんて、何かの間違いじゃないだろうか?
 断るつもりで、ディアギレフが滞在するホテルへ向かった。ところが面談のあと、彼は呆然として部屋から出てきた。あれ? なんでOKしちゃったんだろう?
 あれよあれよという間に、彼はバレエ・リュスに入団し、「レオニード・マシーン」という芸名を与えられ、舞台の上ではヨゼフの衣装を着せられ、ベッドの上では脱がされていた。あれ? あれれ???
 それがディアギレフという男の天才的な人心掌握術だ、と知るのは、ずっと先のことだ。

 しかし、新作『ヨゼフ伝説』は不発に終わった。
 必ずしも出来は悪くなかった。リヒャルト・シュトラウスの音楽が極上なのはいうまでもなかったし、フォーキンが振りを簡単にしたおかげで、マシーンもそつなく踊っていた。俳優志望だっただけあって演技力はなかなかだし、文学や美術への造詣が深いおかげで作品の理解も早かった。頭の回転も、性格もいい。バレエ団のメンバーたちからも弟のように可愛がられた。
 それにもかかわらず、バレエ・リュスの古参ファンからの評判は良くなかった。
セルジュ、早くニジンスキーと仲直りしたらどう?
 ──女性のパトロンたちは口々にディアギレフにそう言った。ディアギレフの最大の味方であるミシア・セールでさえも、ニジンスキーなくしてバレエ・リュスは成立しないと断言した。リポン夫人に至っては、堂々とニジンスキーと連絡を取り合い、和解のためのお膳立てをし続けた。

 1916年。世界大戦の戦局が悪化しはじめると、バレエ・リュスは戦火を逃れて活動の地をアメリカに移した。アメリカはこの頃まだ中立を保っていた。船が苦手なディアギレフも意を決して海を渡り、1月から、全17都市をめぐる公演を率いた。
 しかしこの新天地でも「ニジンスキーは?」という声がついてまわった。女性スターのタマラ・カルサヴィナも出産を終えたばかりで合流できておらず、花形不在のバレエ・リュスは観客たちをがっかりさせた。歌劇場からも、これでは契約と違う、どうなっているんだと迫られる始末だ。
 おまけに、人種問題までもが勃発した。バレエ・リュスは非西洋を舞台にした作品が多い。ダンサーが肌を黒く塗って現れることもしばしばだ。21世紀においてはそうした表現の差別性こそが問題視されるところだが、当時のアメリカの観客の反応はまったくの逆だった。白人以外の人種がこんな風にかっこよく踊るなんてありえない!ふざけてるのか!
 
 ニジンスキーを連れてきて、アンチどもを黙らせるしかない。
 ディアギレフは観念した。もとよりアメリカ出発前から、こういう状況になることは想像していた。フォーキンが兵役で再びバレエ・リュスを離れざるを得なくなったので、入れ替わりで彼を呼び戻す交渉は可能だろう。ところが、肝心のニジンスキーはブダペストで軟禁生活を送らされていた。なんてことだ!
 ロモラが身内のコネクションに頼って脱出を画策している間、ディアギレフは彼のコネクションを駆使してニジンスキー解放に全力をあげた。
 かつて愛する人を奪い合ったふたりは、知らず知らずのうちに手を取り合っていた。

 1916年1月。彼らの奮闘がようやく実る瞬間がやってきた。
 ロモラとニジンスキー、そして娘のキュラは、そのときウィーンにいた。ブダペストから離れたいという請願がようやく通り、ウィーン経由でボヘミアの保養地に護送されることが決まった。捕虜生活なのは変わらないが、実家よりもずっとマシだ。ロモラはほっと胸をなでおろした。
 電話がかかってきたのは、ある日の早朝だった。寝ぼけ眼でぞんざいに電話に出たロモラは、電話口の向こうのアメリカ英語にはっと息を呑んだ。大使館からだ。まだパジャマ姿のニジンスキーに声をかけ、小走りで向かうと、アメリカ大使が笑顔で出迎えてくれた。
「ミスター・ニジンスキー。あなたの釈放は承認されました。あなたは自由で、すぐにでもアメリカに行くことができます」

 バレエ・リュスと契約を結んだメトロポリタン歌劇場が、ニジンスキーの出演を求めて外務省と交渉した結果、オーストリア=ハンガリー政府を動かすことに成功したのだ。オーストリア=ハンガリーから中立国アメリカに身柄を「貸し出す」という名目で、ニジンスキーのアメリカ巡業の許可が正式におりた。家族であるロモラとキュラも解放される。
 ニュースを聞きつけた母エミリアが、花束を抱えてウィーンにやってきた。政府が許すんだったら、わたしも許してあげるわよ、というわけだ。冗談じゃない。ロモラはまとわりついてくる母を頑として無視した。温厚なニジンスキーまでも、このときばかりは母にそっけない態度を示しているのはいい気味だった。
 
 ロモラたちは疲れ切った兵士の群れとともに鉄道に乗り込み、スイスのローザンヌ、フランスのボルドーを経て大西洋を渡り、ニューヨークを目指した。港ではディアギレフが自ら出迎えてくれる予定になっていた。
 
ニジンスキーを戦争から守るため
 その大義はディアギレフにとってもロモラにとっても好都合だった。芸術の未来を思えば、意地を張って相手を憎んでいる場合じゃない。ディアギレフは惜しみなく敵に塩を送り、ロモラはそれをうやうやしく舐めた。バレエ・リュスに復帰する。それがニジンスキーのキャリアにとって最良の道であることは疑いようがなかった。

 ただし──と、ロモラは心の中で条件をつけた。
 もう、昔とは違う。
 その現実を、ディアギレフ側が正しく認識しているならば。


 

 期待なさい、アメリカはすばらしい国よ。
 乗客たちは、口々にそう言って旅仲間のロモラたちに激励を送った。この国では、誰もが自由で、望んだ働き方で生計を立てられる。社会の進歩を妨げてきた階級の区別だってないんだから。

 実際、ニューヨーク港はすばらしい眺めだった。黄と灰の濃い霧のなかから細くそびえたつ摩天楼があらわれると、ニジンスキーは興奮のあまりデッキの上で何度も飛び上がり、港でカメラを構える記者たちを笑わせた。
「ミスター・ニジンスキー、どうか動かないで。神様のところに行かないで!」

 ロモラもファースト・レディーさながら、にこやかに船を下りた。メトロポリタン歌劇場の幹部らしき人びとや、バレエ・リュスの新旧のメンバーたち。そして、真正面にディアギレフがいた。目を合わせるより前に、深々とお辞儀をしてきた。ロモラの手を取ると、丁重にキスし、美しい花束を渡してくる。ひとまずは、笑顔のまま受け取っておく。
 ディアギレフの視線がゆっくりと、ロモラの背後に動いた。かつての恋人の前に歩み寄り、両頬にロシア式の挨拶のキスをする。ニジンスキーはキスも言葉も返さない。代わりに、腕に抱きかかえていたキュラをディアギレフに渡した。
 ディアギレフは困惑顔だ。なすすべもなく、隣にいた人にキュラを渡してしまった。なごやかな笑いが船着き場を包むなか、ロモラはひとり勝利感を味わっていた。

 子どもを連れての長旅は大変だ。本当は誰かに預けて、夫婦だけでアメリカに来たかった。とはいえ実家に置いてくるのは論外だし、あわよくばと期待していた子ども好きのストラヴィンスキー夫妻にも託児を拒否されてしまった。断られたのはショックだったが、無理して連れてきて良かった。ほら、見て、触って、ちゃんと現実の重みを感じて。これがわたしとニジンスキーが紡いだ愛の結晶。彼は、もうあなたのものじゃないの。

 ディアギレフに課した条件は、もうひとつあった。
 ニジンスキーへのギャラを払ってもらうことだ。
 アメリカに出発する前、ロモラは経由地のローザンヌで吉報を手にしていた。ロンドンで2年前に起こした裁判の判決がようやく出て、ぶじ過去分のギャラの支払いが決まったのだ。よかった。このお金があれば、もうしばらく戦争が長引いても、実家に戻らずに好きな場所で暮らしていける。
 もちろん今回のアメリカ公演も、きちんと報酬を貰わねばならない。すでに策は打っていた。ニューヨーク在住の知人の女性を船着き場に呼んであったのだ。彼女には法曹界の重鎮の親戚がおり、ロモラとニジンスキーを高層ビル内の事務所に案内してくれた。

「いやはや、バレエ・リュスってのは中世みたいな世界なんですねえ」事務所の若い弁護士は、ロモラから事情を聞き、呆れながらも太鼓判を押した。「でも、大丈夫。3日でカタがつきますよ」
 
 要求を知ったディアギレフは呆然とした。
 ロンドンでの裁判の結果を受け入れねばならないことはわかっていた。今後はもう、豪華なホテルやディナーではごまかせないことも。しかし、ニューヨークに来るやいなや現地の法律事務所と手を組んで、破格の待遇を契約に盛り込めと要求してくるのは予想外だった。
 ふつふつと怒りがこみあげる。
 裏切りの結婚を許し、これほどまでに骨を折ってアメリカ行きの切符を寄越してやったのに、再会した矢先に高い報酬をふっかけるなんて。カンパニー側だって苦しいのだ。戦争が始まってから、ヨーロッパでは1年半もろくに公演ができなかった。必死でパトロンに頭を下げまくってダンスシューズや衣装の下地を買い、徴兵やらバイトやらで散り散りになった団員たちを呼び戻して、やっと新天地での活路を見いだしたばかりなのだ。命じられたとおりに過去と今回のギャラを払ったら、赤字が決定だ。

 ロモラの差し金にちがいなかった。
 ニジンスキーひとりだったらこんな要求は口にするまい。多少の不満があっても、内情を理解して目をつぶってくれたはずだ。人付き合いは苦手だが、心のやさしい青年なのだ。
 それに引きかえ、あの女はなんなんだ。この世界の道理をまるでわかっていない。芸術を護る心も。男同士の義理と絆も。

 苦虫を噛みつぶすディアギレフに、ロモラは内心で楯突いた。
 わかっていないのは、いったいどっちなの? ブラック・カンパニーの代表さん。
 天才ダンサーにふさわしいお金を払う。どんな状況だろうと、当たり前のつとめでしょう?

 男ではない────「異性」の立場から、彼ら芸術家たちのいびつな関係に介入する。
 それこそが自分の果たすべき役割であり、天から与えられた使命だ。
 ロモラはそのように考えていた。


 ディアギレフとニジンスキーの金銭的な不和は、現地の新聞を通してあっという間にニューヨークじゅうに知れ渡ってしまった。
 読者は、当然ながらニジンスキーとその一家に同情する。戦争で大変な目に遭った天才ダンサーを冷遇するなんて、ディアギレフはなんてひどい守銭奴なんだろう! 家族だって養わなきゃならないのに。さっさと払いなさいよ。

 いったい、どこから情報が漏れたのだろう。
 マスコミにリークしたのはロモラではないか、とディアギレフは勘ぐった。あの女、なかなかやる。世間知らずのミーハーなお嬢さまで、ただただ恋心だけでニジンスキーに迫ったのかと思っていたが、とんだ勘違いだったかもしれない。
「家族を養うため」とは、世間に訴えかける力のある言葉だ。しかしあの女は、仮にニジンスキーの妻でなかったとしても、事実を知ったら身を投げ出して同じことをやったかもしれない。なぜか。愛ゆえだ。
 愛の対象────「推し」のために炎のごとく燃える義憤の心を持っているからだ。

 バレエ団の欠点は見ないふりをして、もっとゴージャスな舞台装置や衣装を見たいと、もっと過激でセクシーなニジンスキーを見たいと、にこやかに金を積んでいたパトロンたち。あれが正しいファンの姿だと言い切れるだろうか? むしろロモラのようなファンこそが、バレエ界の未来を真剣に考えているのかもしれない。
 頭ではわかっている。誰が悪いかといえば、自分が悪いのだ。法が判断を下した。それに逆らう気はない。
 とはいえ、戦争はお互い様なんだから、ちょっとくらい大目に見てくれたっていいじゃないか。この支払いはあまりに痛すぎる。……

 窮地に立たされたディアギレフができるのは、やつあたりだけだった。舞台への出演はおろか、レッスン室で汗を流すのも久しぶりなニジンスキーに、「太ったな」などと余計な一言をぶつけてしまう。「まるでオペラのプリマドンナじゃないか」
 ロモラの軽蔑心はますます強まった。ありえない。そんな言葉で傷つけたつもりなの? このセクハラ男!

 
 そんなバトルを繰り広げつつも、メトロポリタン歌劇場での公演は順調に進んだ。
 4月12日以降、ニジンスキーは劇場の舞台に毎日毎夜立ち続けた。『イーゴリ公』『薔薇の精』『シェエラザード』……おなじみのバレエ・リュス・プログラムだ。観客は当初こそ、ニジンスキーの中性的な役柄や仕草に戸惑ったが、だんだんとその世界観に魅了されていった。「沼落ち」するファンも続出だ。

 若き新エースのレオニード・マシーンは、港で顔合わせしたときの気まずさも忘れて「恋人の元カレ」の踊りを舞台袖で見つめていた。見た目は普通の青年なのに、踊りだすとまるで別人になるという噂は本当だった。『ペトルーシュカ』では本物の道化のように悲哀に満ちた表情を浮かべ、クラシックの『青い鳥のパ・ド・ドゥ』では、本物の鳥の羽ばたきのように腕を細やかにはためかせる。

 この人、やっぱり、すごい!
 ぼくももっと練習に励んで、こんな表現ができるようになりたい!

 ロモラもまた、久しぶりにニジンスキーの輝きを目の当たりにした感激で胸をいっぱいにした。
 ニューヨークのみなさん、見て。これが、わたしの推し。これが、わたしの推した神。