Writer/文筆家

【連載】『わたしが推した神』ACT2-6 推しの命は、わたしが守る。

 

 母エミリアは、娘夫妻と孫のために、邸宅の最上階に居住スペースを用意してくれた。3つの部屋があり、うちひとつの部屋は子ども部屋として改装された。スイス製の白いカンブリックのカーテンがあしらわれ、広いテラスからはブダの美しい山々を眺めることもできる。
 ここまでしてくれるのだから、母は決して悪気があるわけではないのだ。
 仲良くできるように頑張ろう。ロモラは自分に言い聞かせた。

 しかし、日を追うごとにエミリアの機嫌は悪くなっていった。
「おまえは敵国人を家に匿っているんだろう」
 ──街角や劇場でそんな誹謗中傷を受け、精神的に参ってしまったのだ。この事態は、政府の報道機関につとめる夫オスカーの仕事にも差し支えるおそれがあった。
 エミリアは、同じ舞台人としてニジンスキーを尊敬していた。しかし、成すすべもなく日々ぼんやり過ごし、精一杯のもてなしの食事を淡々と口にするおとなしい青年を見ていると、いつしか彼が著名なダンサーだという事実を忘れてしまった。エミリアは娘一家にねちねちと文句を言った。夜中に電気を使うな。バスルームを使うな。そんな育児方法は間違ってる。あげく、ロモラに説得をはじめる始末だ。
「はやくあの男と離婚しなさい」
 
 ロモラは頭を抱えた。堕ろせといったり、離婚しろといったり。どうして母はこうなのだろう。あんたは異常だ、毒親だ。そう言ってやりたかったが、恐ろしいことに、離婚をすすめてくるのは母だけではなかった。あるときなど、尋問担当の若い警察官までもがロモラを説得しにかかった。
「あなたはあの偉大なるプルスキー家のご親族なのですよね。それなら、正真正銘のハンガリー人ではありませんか」
「でも、いまはニジンスキーの妻ですから」
 苛立ちながら答えるロモラに、彼はうやうやしくこう言った。
「離婚すべきではありませんか?」
 ロモラはふたたび牙を剥いた。
「そんな忠告をするのがあなたの仕事なんですか?」
 
 プルスキー家の娘は、敵国人と結婚した売国奴だ。
 そんな噂がブダペストじゅうに広がると、家の使用人さえも反抗的になった。ロモラは乳が出にくく、体調の悪い日も多かったので、キュラのために乳母を雇っていた。しかしその乳母が、数日にわたって乳を与えていなかった事実が発覚した。ひどいネグレクトだ。抗議すると、彼女は鼻で笑った。
「この子はロシア人でしょ。飢え死にしようがかまいやしません。わたしの婚約者はいまロシア人と戦っています。もうこれ以上、この子の世話はしたくありません」
 
 さすがにこれには言葉を失った。ショックのあまり、涙がにじむ。
 しかし事態を察したニジンスキーが、ロモラを勇気づけてくれた。
「心配しなくていい。ぼくが、子どもの世話をするから」
 驚いたことに、彼は自ら小児科医のところに行って、教えてもらった育児本やら消毒器具やらを抱えて帰ってきた。自分で哺乳瓶を消毒して、ミルクを作って、飲ませてやる。
 こんな男性は見たことがない。母親のように赤ちゃんを抱っこして、ミルクをやるだなんて。
 それだけではなかった。ニジンスキーはありとあらゆる育児を率先してやってくれた。入浴のあとに服を着せてやる。おむつも替えてやる。高い高いをして、おもちゃのアヒルを引っ張って、庭の草の上で転がっていっしょに遊ぶ。絵筆を持ってきて、楚々とした白い部屋に、小さな子が喜びそうなカラフルな塗装をする。

 こうまで子どもを愛せる人なのだ。
 そんな感激が胸に広がった。

 しかしニジンスキーの曇りのない愛情は、小さな子ども部屋をあたたかく照らすとともに、ロモラの背後に大きな影を落とした。わたしは、彼のように自分の子を愛せているだろうか? お腹を痛めた子だから、かわいいでしょう。みんなあたりまえのようにそう言うけれど。

 舞台の上にあざやかに踊り出たアルルカンを目にした瞬間。
 あのとき以上に、自分の心に強くまっすぐな愛が宿ったと確信した瞬間はなかった気がした。

 軟禁生活のなか、ロモラは街の古本屋でポケットサイズの辞書を買った。フランス語とロシア語の対訳辞書だった。
 ニジンスキーはフランス語を。ロモラはロシア語を。ふたりは辞書を回し読みしながら、日ごろの出来事から文学や芸術まで、さまざまなテーマについて話し合った。もちろんスムーズにはいかない。語学は得意と自負していたロモラだったが、キリル文字を読むのはいつまで経っても苦手だった。それでもお互い、少しずつ会話も上達し、ある程度こみいった話もできるようになっていった。

 これまでの人生の話もした。ニジンスキーは、両親やきょうだい、少年時代を過ごした帝室バレエ学校での思い出を話してくれた。ふたたびセルゲイ・ディアギレフの話も出てきた。ギンツブルグに訳してもらった言葉ではなく、あくまでも自分自身が選びとった言葉を。
「ぼくは、彼との関係を悔やんではいない」
 ニジンスキーはそう言った。
「ぼくは、人生で経験するすべてのことは、真理を追い求める態度を持ち続けているかぎり、必ず精神を高めるものだと信じているから」

 いまの戦局の話もした。ニジンスキーはこう言った。
「若者たちはみんな、死に向かって行進していく。いったいなんのために……」
 彼はあらゆる戦争に反対の立場だった。母国から多数の負傷者が出ているというニュースを知ると、情緒不安定になり、気が休まるまで森へ散歩に出ていった。彼は戦争も、戦争によって傷ついた人びとも、すべて我が事として考えており、自分の芸術が彼らを救えない現実に苦しんでいた。そしてその感情を率直に語ってくれた。

 膝を突き合わせて、心の内を打ち明ける。
 そんな経験をこれまでしたことがあっただろうか。
 名ばかりの婚約者を除けば、ニジンスキー以前に恋人はいなかった。ひょっとしたら、自分には友人もいなかったのかもしれない。振り返れば少女の頃から、女子どうしの友情になじめず、父親の書斎から持ち出した本をひとりで読んでいるほうがずっと好きだった。ボリスやバレエ・リュスの団員たちとは仲良くできたけれど、大きな嘘と下心を抱えていたから、曇りのない友情だったとはいえない。使用人のアンナには、わがままを言って気を遣わせてばかりだった。自然におしゃべりできたのは、叔母のポリーと、亡くなった父親だけだった。
 わたしの推しは、わたしの神は、ヴァーツラフ・ニジンスキーは、なんてたくさんの宝を与えてくれるのだろう。まだ、わたしの人生は間に合うだろうか。もっと人間らしく、もっと豊かな日々を送れるだろうか?

 ただ、気にかかることもあった。そうした静かな語らいの最後に、彼は決まってこういうのだった。
もしきみが、ぼくよりもずっと愛している人に出会ったら、すぐにぼくに話してほしい。もしその人がきみの愛を受けるにふさわしければ、ぼくはどんなことでもしよう

 なぜそんなことを?
 ニジンスキーは切れ長の目で静かにロモラを見つめていた。あなたも是非そうしてね、とは返すことができなかった。


 舞台に立てない日々のなかで、ニジンスキーは新作バレエの構想を練りはじめていた。
 インスピレーションを与えてくれたのは、ロモラのいとこのピアニスト、リリー・ド・マルクスだった。彼女は母方の親戚でありながらニジンスキーの味方で、新作の楽曲探しに根気よく付き合ってくれた。中世を舞台にした作品を作りたい。かねてからそう語っていたニジンスキーは、リリーが弾いてくれたある曲を聴いて飛び上がった。──これだ!

 彼女が弾いたのは、リヒャルト・シュトラウスの20年前の作品『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』だった。舞台は中世ドイツ。ティルは、街のパン売りや貴婦人に対していたずらを繰り広げ、最後には処刑されてしまう。まさにニジンスキーが踊るのにぴったりのトリックスターだ。彼は振りを考え、衣装や舞台背景のスケッチを何種類も書いた。
 それだけではない。「舞踊譜」を書く試みもはじめていた。
 舞踊譜とは、ダンス作品を楽譜のように紙に書き記した記録だ。振付は、バレエ団のなかで口承で伝えられることが多い。そうすると、伝言ゲームの繰り返しによって振付家の本来の意図から逸脱してしまうおそれもあるし、上演の機会が減ったり関係者が引退すると忘れ去られてしまう。
 記録はしておくに越したことはない。しかし登場するダンサーの身体の関節の動きひとつひとつを記すのは、非常に骨が折れる。ニジンスキーは帝室バレエ学校時代に習ったステパーノフ記譜法という方法に独自の改良を加え、2月もの時間をかけて、『牧神の午後』の記譜に取り組んだ。ニジンスキーは『春の祭典』や『遊戯』よりもこの作品を愛し、なんとしてでも後世に残したいと願っていた。

 バレエに取り組んでいると、ニジンスキーは格段に生き生きとした。ロモラの母の屋敷は広大ではあったが、思い切りジャンプできるほどのスペースはなかった。テラスの石畳も硬くてダンスには不向きだ。けれど気が向くと、彼はロモラやキュラや親しい客人のために少しだけ踊ってくれた。腕を宙に放った瞬間、さまざまなキャラクターが彼の身体に憑依した。道化、精霊、神。ときとして女にもなった。マリインスキー劇場のバレリーナや、ジプシーの少女や、奔放な百姓女。ステップを踏み、手を伸べて、挑発的な目線を投げる。

 ぞわっと震えが走る。
 まるで自分が男になったみたいだ。抱きたい。誘われるがままに、色香におぼれて、ベッドの上に組み敷きたい。熱い欲望が胸にたぎる。
 しかし腕をおろすと、彼はまた、ごく平凡な容姿の、おとなしい青年に戻っているのだった。

 まだ薔薇は枯れていない。
 ヴァーツラフ・ニジンスキーには無限の生命力が宿っている。戦争なんかでくすぶっている場合じゃない。守らなければ。彼の命とダンスを。世界に放たなければ。彼の芸術を。
 ロモラはぐるぐると考え続けていた。

 なんとか軟禁を解いてもらい、ブダペストから脱出できないだろうか。
 ロモラは親戚のありとあらゆるコネクションを駆使し、策を練った。
 まず頼ったのは、私鉄鉄道会社の社長をつとめている伯父だった。イタリア経由でロシアに渡りたいと希望を伝え、検討するという返事をもらった。
 もちろん、最愛の叔母ポリーにも相談を持ちかけた。彼女はイタリアの国境まで送ってくれる方法を考えてくれたが、伯父からこんな返信があり、あきらめざるを得なくなった。
「当局は私たちの意図を察している。逮捕される危険がある」

 陸軍省に勤めている亡き父の知人も頼りになりそうだった。ロモラは軟禁生活の命令をやぶり、危険をおかして日帰りでウィーンに向かった。
 ブダペストにずっと閉じ込められているよりも、いっそ捕虜収容所に送られたほうが解放の可能性が広がるのではないか。彼はそんなロモラの観測には賛同しなかったが、こんな提案をしてくれた。
「ロシア側と捕虜の交換を交渉するならできるかもしれない」
 たとえば、いまロシア側に捕まっている将軍、大佐、少佐などの高位の軍人5人と、いまオーストリア=ハンガリー側に軟禁されているヴァーツラフ・ニジンスキーを等価で交換する。 
「ロシアはきっとこの交渉を受けるだろう」
 彼はそう言ってくれた。どちらの国にとっても、ニジンスキーはそれだけ偉大な存在なのだから、と。

 これで手は打った。あとは実現するように祈りながら待つだけだ。
 もちろん、こんな交渉を交わしたことは、母エミリアには秘密だ。娘の夫に対する彼女の圧力はひどくなる一方だった。娘を離婚させるのをあきらめた母は、こんどは彼を敵国から寝返らせようとしてきた。
 あるときはこんな提案をした。「今度、ハンガリー兵士のためのチャリティ・コンサートがあるんだけど、あなた踊ってくださらない?」
 またある日は、もっと直接的にこんな提案をした。「ねえあなた、ロシアを捨てて、ハンガリー人かポーランド人になったら? そうすれば万事が解決じゃない」

 ああ、もう。ロモラはふたたび頭を抱えた。
 バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の元スター・ダンサーに言うべきセリフじゃない。まっすぐな目で「いやです」と拒否するニジンスキー。怒りで顔を真っ赤にする母。こうやってまた溝が深まっていくのだ。
 軟禁生活に突入して1年超。もはやニジンスキーよりも実娘のロモラのほうが、この家での生活に耐えられなくなっていた。 


 1916年、晩冬。
 早朝から警察に呼びだされ、ロモラのストレスは頂点に達していた。ニジンスキーは別の部屋に連れて行かれてしまい、ロモラはひとりで尋問を受けた。
「ご主人は、数ヶ月にわたって軍事的な計画に従事していたようですね」
 さすがに目が点になる。朝っぱらからどんな冗談を言ってるの、この人?
「暗号のようなものを書いているとか。ある愛国者たちから情報を受けています」
 だんだんと事情がのみこめてきた。なんだ、あの舞踊譜のことか。脱力のあまり倒れそうになった。
「夫は人間の身振りを表現する方法を見つけようとしているんです」
「彼の机上の原稿に書かれていたのは、幾何学でも楽譜でもないようですが?」
「だから、それは暗号なんかじゃなくて、踊りの記譜法なんです」
「ニジンスキー氏がそれを自ら証明できなければ、あなたがたは互いに隔離されます。彼は軍法会議にかけられることになるでしょう」

 バカバカしい。
 いくらなんでも、こんな誤解はそのうち解けるだろう。気がかりなのはそこではなかった。
 いったい、密告したのは誰なのだろう。
 あの譜の存在を知っている人はほとんどいないはずだ。乳母のミルク拒否事件以来、ロモラたちが住む最上階には使用人をほとんど立ち入らせていない。
 密告するとしたら、実母か継父以外に考えられない。

 思い違いだろうか? いくら嫌っているからといって、娘の夫を密告するなんて。
 でも、母はニジンスキーが遅くまで机で電気を使うのを知っている。何かを書いているのは察していたはずだ。散歩に出かけている間にこっそりしのびこみ、机の上の舞踊譜を見つけたとしてもおかしくない。しかも、本当にそれが軍事目的のメモだと思ったわけではなかろう。彼を追い出すために、わざとこんな陰謀を仕掛けたのだ。

 母親を疑うなんて、わたしは気が狂っているのだろうか?
 でも、いちどそう考えだしたら、もうそうとしか思えない。頭をクリアにさせようとするが、できない。この戦争でみんながおかしくなっている。自分も。母も。継父も。世間も。警察も。
 おかしくなっていないのは、ヴァーツラフ・ニジンスキーだけだ。
 紙の上にびっしりと書き込まれた精密な舞踊譜。あれ以上の正気が、この世のどこにあるだろうか?

 彼の命は、わたしが守る。
 たとえ銃弾に倒れようとも、推しの盾となって、ブダペストから脱出する。けど、そのあとはどこへ? 
 みんながおかしくなってしまった世界。
 終わらない戦争が繰り広げられる世界。
 いったいどこに、彼が自由に天空を舞える神の王国があるというのだろう?

 ──それは福音だったか、あるいは新たな不幸の知らせだったか。
 ブダペストからはるか6000キロのかなたで、同じ使命感を抱いている者がいた。

 彼の命は、わたしが守る。

 それは、バレエ・リュスを生んだ天才プロデューサー、セルゲイ・ディアギレフのひそかな囁きだった。