Writer/文筆家

【連載】『わたしが推した神』ACT2-5 わたしの推しは敵国人?

 1914年6月28日。

 その日、ロモラはウィーンにある高級サナトリウムのベッドの上から、窓の外にひろがる美しい庭を眺めていた。
 夏も間近。アカシアと薔薇の濃厚な香りが病室まで漂ってくる。専属の看護師が、ときおり、白い雪のような小さな揺りかごを優しくゆすった。
 永遠に続くような幸福のなかに彼女はいた。

 出産は9日前だった。
「この子はいいダンサーになる」────
 ニジンスキーが南米でそう言ったときから、ロモラは腹の子を男の子だと思い込むようになっていた。お腹が大きくなるのと一緒に、野望はどんどんふくれあがった。この子はニジンスキー2世。わたしの身体を通じて、バレエ界の偉大なる世継ぎがこの世に生み落とされるのだ。
 ニジンスキーも、子どもは男の子だとすっかり信じ切っていた。ふたりは早々に子どもの名前も決めてしまった。この子の名前は、ウラディスラフ。誇り高き天才の息子だ。

 ところが生まれたのは女の子だった。
 ロモラはひどく落胆した。もちろん、女の子だっていいダンサーになれる可能性はある。けれど、こんなはずじゃなかった。推しを生みたかったのに、自分を生んでしまったような気がした。
 落胆したのはニジンスキーも同じだった。しかし彼のほうは何日もたたないうちに、当初の失望なぞどこかに吹っ飛んだかのように子どもをかわいがりだした。小さな顔を愛おしそうにのぞきこみ、かわいい服を着せ、赤子を入れたバスケットを抱えてサナトリウムの庭を散歩した。名前はギリシア風に「キュラ」と改めた。

 彼が喜んでくれるなら、よかった。

 ロモラの心にも、幸福感がふたたび戻ってきた。
 それが子どもへの愛情とは似ても似つかない想いだということに、彼女はまだ気づいていなかった。

 庭からただよう花々の香りをかいでいると、不意にはげしくウィーンじゅうの教会の鐘が鳴り出した。
 初夏の美しい庭にひびくその美しい音を、人生の警鐘と受け取らねばならない理由はどこにもなかった。ロモラはただ、夢見心地で残響に耳を傾けていた。

「われらが帝国のフランツ・フェルディナント大公殿下が、サラエヴォでセルビア人に撃たれたそうです」
 診察に来た医者の助手からそう聞いたときさえも、まるで実感がわかなかった。ああ、だから鐘が鳴ったのか。そう思うだけだった。

 翌月、ロモラはニジンスキーとキュラとともにウィーンを発ち、故郷のブダペストに立ち寄った。
 到着してまもなく、大嵐が起き、実家の近くの教会の鐘が落ちた。「不幸が起きる予兆なのでは」街のひとびとがそう噂したときさえも、何も思わなかった。セルビアに最後通牒が言い渡されたと知ったときも、セルビアに宣戦布告が下されたと知ったときも。
 ニジンスキーは何も知らないままだった。彼とロモラはいまだ、フランス語とロシア語の片言どうしでコミュニケーションを取っていた。ブダペストの新聞は事細かに情況の変化を伝えていたが、それを説明するのは簡単ではない。まあいいや。いずれロシアの新聞も入手できるでしょうし。

 ニジンスキーは、広場でサーカス団員が繰り広げる百姓の踊りをいつまでも楽しそうに眺めていた。それが開戦を祝した祭の一環であることも知らないまま。
 
 彼が喜んでくれるなら、よかった。
 
 ロモラの思考はどこか麻痺していた。
 わたし、推しの子どもを生んで、ハイになりすぎてるかも?

 しかし実際のところ、麻痺しているのはロモラだけではなかった。開戦がピンとこないどころか、退屈な日常が変わるぞと喜んでいる人さえも少なくなかった。ジャーナリストは新しい仕事を前に喜びいさんで弁舌をふるい、文化人はチャリティと称して金を集め、自分の名前やロゴマークが入った赤十字の車を出動させた。彼らは、戦争によって自分たちの文化や暮らしが危機にさらされるとはまるで想像していなかった。

 大変なことになった。
 ロモラがそう実感したのは、事がわが身に降りかかってきたときだった。
 ブダペストで1週間の休暇を過ごしたあと、ロモラたちは北回りの急行列車に乗ってサンクト・ペテルブルクに向かう計画を立てていた。ロシアでバレエの仕事を見つけたい、というニジンスキーの希望をかなえるためだった。ところがブダペスト駅の駅員は、何度たずねても悲しげに首を振るばかりだ。国境が封鎖されていて、ロシア行きの列車はもう動いていない、というのだ。
 どうしよう。
 赤ん坊と旅行鞄で両手をふさがれたニジンスキーのところに駆け寄って、片言を駆使してなんとか状況を伝えた。
 事態を理解した彼は、はじめて顔色を変えた。


 皇位継承者フランツ・フェルディナント夫妻の暗殺を受けて、オーストリア=ハンガリー帝国は、宣戦布告によってセルビアへの抗議を表明した。
 しかし、事態は一国対一国の争いにとどまらなかった。バルカン半島の一国であるセルビアは、スラブ系の民族が多くおり、ロシアの手厚い支援を受けていた。ゆえにロシアはセルビアの味方につく。一方、オーストリアに対してはドイツが味方についたが、これが災いしてドイツは、ロシアや、ロシアと同盟関係にあったフランスとも戦わざるを得ない状況に陥ってしまう。さらに当初は中立を保っていたイギリスまでもが、ドイツに宣戦布告を行った。
 1914年7月から8月までのごくわずかな期間で、サラエヴォでの暗殺事件は世界戦争へと急激に発展してしまった。オーストリアで出産を終えたロモラが、産後の回復を待ち、家族でロシアへ旅立とうとするほんのつかの間だった。

 せめてあと少しでも早く動いていれば。
 せめて他の国が続々と参戦をはじめる前だったなら、ロシア入国が間に合ったかもしれない。
 わたしがもっとしっかりしていれば。ニジンスキーにもっと早く情況を伝えていれば。

 悔やんでも後の祭りだった。


 しかも問題は、国境を渡れないことだけではなかった。
 ロシア行きを断念してまもなく、ロモラとニジンスキーは、県警察からの呼び出しを受けた。調査局長はふたりの前に立ちはだかり、フランス語でこんな宣告を行った。
「ニジンスキーご夫妻どの。わたくしは軍当局の名のもとに、あなたがたとお嬢さんを敵国人として拘束いたします」
 愕然とした。
 たしかにこんな事態になるよりも前から、オーストリア=ハンガリー帝国とロシアは不仲だった。バルカン半島をめぐっては何十年も前から確執があったし、ロシア、フランス、イギリスが協力体制を強める一方、ドイツとオーストリアは孤立させられている状態にあった。

 それは知っている。ごく一般的な政治教養として。

 けれど自分の推しが敵国人だなんて、これまで、ただの一瞬も考えたことがなかった。ロモラや彼女の両親が愛する文化や芸術の世界は、そんな対立とはまったく無縁だった。バレエ・リュスだって、あんなに堂々とブダペスト公演とウィーン公演を行って、拍手喝采を浴びたのだ。
 しかもニジンスキーは、軍とも戦争ともまったく縁がない人物だ。帝室劇場のダンサーだったから、ロシアの一般男子に課される兵役さえも免除されているのだ。
 ロモラは必死で抗議した。
「ありえません。ハンガリーのような文明国が、ニジンスキーをそんな風に扱うだなんて」
 隣にいるニジンスキーは、いったいどこまでフランス語がわかっているのだろう。何もしゃべらず、無表情でぼんやり立っている。この人を守らなきゃ。いま、推しを守れるのは世界でわたしだけ。ロモラは牙を剥いた。
「バカにするのもいい加減にしたら!」
 まさか、自分の口からこんなドスの利いた声が出てこようとは。一度声を出してしまえば、あとは止まらない。圧力には圧力で応戦するしかない。プルスキー家の家系図を頭のなかで広げる。
「いいですか。あたくしの親戚は地位が高い人ばかりです。皇帝の側近をつとめている親戚もおります。きっと夫を釈放してくれるでしょう。それにあたくしの叔父は外務大臣を務めておりますのよ」
「やってみたらいかがです」相手の反応はにべもなかった。「うまくいくやもしれませんね。しかし、軍当局からの命令を遂行しないわけにはまいりません」

 最悪の事態だ。
 追い打ちをかけるように、もっとひどい宣告が言い渡された。連れて行かれた次の課で、名前を書かれた赤い付箋を手渡しながら、警察官はこう告げた。
次の命令があるまで、あなたがたはお母上の家で軟禁生活を送ることになります

 ロモラにとって、母エミリアはあまり顔を合わせたくない存在だった。
 ニジンスキーとの結婚に関しては、彼女の態度は思いがけず寛容だった。きっと母は怒っているにちがいない。ひょっとして勘当されるかも。南米ツアーから帰国したロモラは、戦々恐々としながら花婿とともにブダペストに向かった。
女優エミリア・Pの娘、世界的ダンサーと結婚!」
 そんなスクープを押さえようと駅に殺到するカメラマンやジャーナリストの間から姿を現した母は、意外にもご機嫌だった。一家のお荷物だった冴えない娘が、バレエ界の大スターをつかまえて帰ってきたのだ。でかした!
 エミリアにとって、婿は新しい自慢の種だった。彼女はニジンスキーの腕をつかまえ、ブダペストの社交会のパーティーに引っ張り回した。ロンドン公演の折には、夫を連れてわざわざ応援にも駆けつけてくれた。

 しかし、ほっとしたのはつかの間だった。彼女は娘の出産に対して難色を示してきた。
「あなたは生まれつき身体が弱いから」
 そう言ってやんわりと中絶をすすめてくる。たしかに医者もロモラの体質を懸念してはいたが、彼女の真意はそこではなかった。エミリアは女優だ。50代半ばには見えないほど若々しく、美女役を演じることも多い。「娘の結婚」まではいいとしても、「おばあちゃん」になったと大々的に報じられれば、イメージダウンにつながりかねない。

 せっかく結婚の件で怒らせずに済んだのだから、ここは親の意を汲んだほうがいいだろうか。それに、そもそも、この妊娠は想定外だったわけだし。……
 一度は中絶手術を受け入れかけたロモラだったが、土壇場で意志を翻した。いや、ダメダメ。わたし、やっぱり生む!

 ロモラはブダペストから離れ、ウィーンで出産すると決めた。
 母とは絶縁も覚悟の上だ。入院してからは、一切連絡を取らずにいた。
 それなのにどこからか出産のニュースを聞きつけて、彼女はサナトリウムまでやってきた。何事もなかったようにキュラを抱き上げる。おーおー、かわいいでちゅねー。よしよし。ロモラはただただ唖然とした。あれほど堕ろせと迫ったくせに。あれは本気じゃなかったの? この人、なんだかよくわからない!
 継父のオットーの行動も許しがたかった。エミリアと共に見舞いに来た彼とニジンスキーの間でちょっとした誤解が起き、彼は婿にいきなり手をあげようとした。
「ちょっと、何やってんの! わたしの大事な人に触らないで!」
 いきり立つあまり、ロモラはベッドから転がり落ちてしまった。そのせいで腰を痛めるわ、医者から怒られるわで散々だ。

 一緒にいると、関係がどんどん悪化する。
 だからこそ、ブダペストに立ち寄るのもごく短期間で済まそうとしていたのに。これから戦争が終わるまで、ひとつ屋根の下で親と暮らさなければならないなんて。

 しかもそれがいつ終わるのかは、誰にもわからなかった。