Writer/文筆家

【連載】『わたしが推した神』ACT2-4 ブラック・カンパニーの真実

 「バレエ・リュスにいなくても、仕事はできる」────
 そう言ったニジンスキーの頭にあったのは、ロシア出身の先輩ダンサーたちの姿だった。

 20世紀初頭のロシアのバレエダンサーにとって、バレエ団は必ずしも「いちど入団したら引退するまで居続ける場所」ではなかった。1905年に第1次ロシア革命が起こると、マリインスキー劇場のダンサーたちは運営側に改革の要求を突きつけ、それが失敗に終わると劇場からの独立を考え出した。ディアギレフがバレエ・リュスを創設できたのは、こうした「改革派」のダンサーたちに目をつけて勧誘に成功したからだった。
 いっときはディアギレフの誘いに乗ってバレエ・リュスに参加したものの、さらに新天地を求めて飛び出していったダンサーもいた。アンナ・パヴロヴァは自分のバレエ団をつくって活動し、マティルダ・クシェシンスカヤはさまざまなバレエ団で気ままに踊り続ける道を選んだ。

 いくらスキャンダルを起こしたとはいえ、ヴァーツラフ・ニジンスキーはヨーロッパでもっとも有名なバレエダンサーのひとりだ。望みさえすれば、ヨーロッパじゅうのバレエ団からオファーが来るにちがいなかった。
 ただし歴史あるバレエ団で仕事をするとなると、演目や出演回数、管理職としての義務などの堅苦しい条件がついて回る。それではマリインスキー劇場時代と変わらない。だとすればいっそ、パヴロヴァのように自分のバレエ団を作って活動したい。ニジンスキーの意志はその方向に傾いていった。
 転職ではなく、完全なる独立だ。

 とはいえバレエ・カンパニーの立ち上げは容易ではない。
 幸い、ニジンスキーの妹であるブロニスラヴァ・ニジンスカが、バレエ・リュスを辞めて夫と一緒に手伝うと申し出てくれた。彼女も、兄の突然の結婚には戸惑っていた。だが団の功労者である兄をバッサリと切り捨て、天敵のフォーキンを呼び戻したディアギレフを彼女はどうしても許せなかった。バレエ・リュス側は契約続行を求めてきたものの、振り切って兄のもとに駆けつけた。彼女はダンサーのスカウトの仕事を引き受けて、ロシア帝室バレエ学校出身の生え抜きの若手を集めてきてくれた。

 旗揚げ公演の劇場はロンドンのパレス・シアターに決まった。新作は歓迎されず、『薔薇の精』や『レ・シルフィード』などの無難なレパートリーを求められはしたが、提示された報酬は良かったし、自分のバレエ団を連れてきてもいいという許可も得られた。契約の条件としては悪くない。

 音楽はモーリス・ラヴェルが担当してくれた。かつてバレエ・リュスからの依頼で『ダフニスとクロエ』を手掛けた彼は、『レ・シルフィード』の新しいオーケストレーションを快く引き受け、ショパンの原曲にゴージャスな響きを加えた。
 しかし美術担当の選定には難航した。レオン・バクストが、ニジンスキー直々のオファーを断ってきたのだ。
「きみの気持ちはうれしいが、ディアギレフの顔色を考えると難しい」
 バクストはそう言って頭を垂れた。彼いわく、ディアギレフはバレエ・リュスの関係者の前でこう豪語したという。
ニジンスキーが有名になった分だけ、わたしは彼を引きずり下ろしてやる
 新生ニジンスキー・バレエ団のメンバーは震撼した。バレエ・リュスからの解雇は、ディアギレフの復讐のはじまりにすぎない。古巣からこれほどの圧力をかけられて、本当に公演を実現できるのだろうか。
 

 ロモラは──こうした混乱の渦中、成すすべもなくただ彼らの側にいた。
 公演のリハーサルはパリで行われた。せめてニジンスキーや妹夫妻といっしょに昼食を取ろうと、ロモラはなじみの店で毎日彼らを待ったが、4時になっても5時になっても現れないことがしばしばだった。

 ──わたしは妊婦だからしょうがない。

 冷めきったチョコレートを前に、自分に言い聞かせる。お腹の子がいてくれてよかった。自分が無力だという現実に向き合わずに済む。
 ほかの芸術分野と比べると、バレエの現場は男女の労働格差が少ない。踊るのはもちろん、振付も、指導も、その他の泥仕事も、性別かかわりなく携わる機会がある。なんでもこなす義妹のニジンスカは、まさにバレエ界のキャリアウーマンだった。対する自分は、彼女と同い年なのに、仕事も地位もない。英語ができるので、劇場との契約書のやりとりの手助けをするくらいだ。それも、ニジンスキーとの共通言語がないので一筋縄ではいかなかった。

 1914年2月。ニジンスキー一行はパリからロンドンに向かった。
 ニジンスキーの大ファンであるモレル夫人やリポン夫人が、一行を出迎えてくれた。親衛隊のおばさまたちがこの結婚をどう受け止めているのか、ロモラは内心ひやひやしていたが、彼女たちは思いがけず優しかった。大パトロンのご婦人にとっては、ニジンスキーは憧れの異性ではなく息子のような存在だったのだ。この子が選んだ娘ですもの、賛成しないわけがないでしょう? ロモラさん、いい奥様に、いいママにおなりなさい。

 しかし肝心の劇場は、ロモラの想像とはまるで違っていた。パレス・シアターは外観こそ立派だが、バレエやオペラのための劇場ではなく、「なんでもあり」がウリの大衆的なミュージック・ホールだったのだ。キャバレーや手品などのグループと同格の扱いで出演しなければならない。
 天下のニジンスキーが立つ舞台じゃない。
 不安がこみあげる。だが、ニジンスキー自身は平然としていた。「やりたいことがやれるなら、大衆劇場から出直したって、かまわない」その言葉どおりに、淡々と準備を進めだす。幸い、ニジンスキーのネームバリューが功を奏して、たちまちチケットは完売。劇場支配人は大喜びした。

 ところが、ディアギレフの魔の手はロンドンにまで迫っていた。
 旗揚げ公演の初日。朝のリハーサルのために劇場に出向いたニジンスカは、入口で警察官に止められた。ディアギレフからの用命だという。
「あなたはすでにバレエ・リュスとの1914-15シーズンの契約を結んでいます。ですから、この団で踊るのは許されません」
 ばかな。
 そんな契約は結んでいないし、自分がバレエ・リュスで踊るはずだった役はとっくに別のダンサーに差し替えられているはずだ。やむなくニジンスカは弁護士を連れて裁判所に行った。なんとか主張が認められ、本番前には劇場に帰ってこられたが、待っていたのは青ざめた顔をした兄だった。手には電報が握られている。

ミュージック・ホールでの幸運をお祈りいたします。アンナ・パヴロヴァ

 皮肉に満ちた祝電だった。ニジンスキーの先輩バレリーナであるパヴロヴァは、3年前にバレエ・リュスとの契約を終了している。その去り際、ニジンスキーは彼女にこう言ったのだ。
「ぼくには信じられません。あなたがバレエ・リュスでのプリマの地位よりも、ミュージック・ホールで踊るのを選ぶだなんて」
 悪気はなかったが、その言葉はパヴロヴァのプライドを傷つけた。彼女は無礼な後輩に仕返しするチャンスをずっと狙っていたのだろう。ニジンスカは深々とため息をついた。兄と同じ独立の道を選んだダンサーから、励ましではなくこんなイヤミを投げつけられてしまうなんて。

 2日目にもまた問題が起きた。
 ミハイル・フォーキンが、自分が振り付けた『薔薇の精』を勝手に踊るなという警告を発したのだ。
 音楽はカール・マリア・フォン・ウェーバーによる100年近く前の作品だ。踊っても問題はなかろうと判断していたが、背後にディアギレフがいる以上、阻止されるのはやむを得ない。フォーキンはいま、バレエ・リュスで働いているのだ。
 バレエ団の士気はすっかり下がってしまった。舞台にいても、楽屋にいても、ホテルの寝室にいても、ディアギレフに監視されているような気になってくる。これではノイローゼになってしまう。……

 ニジンスキーの様子がおかしい。
 周りが気づいたときにはもう遅かった。公演が始まってまだ1ヶ月もたたないというのに、ニジンスキーは高熱を出して倒れてしまった。とても舞台に立てる状態ではない。ロモラは慌ててリポン夫人に電話し、医者を呼んでもらった。「彼は見た目こそ強靱かもしれないが、興奮や心配事に長く耐えられるタイプではありません」医者はそう告げた。「バレエ団や経営の仕事からは身を引かせたほうがよいでしょう」
 ごもっともだと言わざるを得なかった。
 振り返れば、初日より前からテンションが不安定だった。ある日、ニジンスカが体調を崩して本調子を出せずにいると、いきなり怒鳴り散らして泣かせてしまった。またある日は、ロモラにちょっかいを出そうとした行きずりの男に殴りかかって乱闘騒ぎになってしまった。またある日は、ひどく腹が減ったと言って、若鶏といっしょに赤ワインのハーフボトルをがぶがぶ飲んだ。いつもは、飲んでもせいぜい水割りを1杯くらいなのに。

 パレス・シアターとの契約書には、3日続けて舞台を反故にした場合は契約を解除すると明記されていた。ところが、ニジンスキーの高熱は3日を過ぎてもおさまらない。ロンドン公演は、1月もたずに中止に追い込まれてしまった。

 病人を責めるわけにはいかない。妹のニジンスカは、怒りの矛先をロモラに向けた。彼女のストレスも頂点に達していた。

「あなた、兄になんでこんな契約を結ばせたの。兄は英語ができないから、契約書をちゃんと読めない。しかも、兄は契約を結ぶのに慣れてないのに」

 え?
 ロモラは固まった。
 契約を結ぶのに慣れていない? 待って、ブロニアさん。それどういうこと?

 ニジンスカの口からもたらされた衝撃の事実を前にして、ロモラは言葉を失った。
 
 ニジンスキーは、バレエ・リュスと正式な契約を結んでいなかった
 つまり、ほとんどまともな給与をもらっていなかったのだ。
 衣、食、住。故郷の家族への仕送り。それらはたしかに団の収益から賄われていた。巡業先では一流ホテルや一等船室が特別にあてがわれ、豪華なディナーにも事欠かない。パトロンが開く非公式パーティーの出演料は受け取っていたので、自由に使える小遣いや貯蓄はあった。けれど、肝心の本業に対する報酬がゼロだなんて。
 出演のギャラだけではない。『牧神の午後』『遊戯』『春の祭典』の振付に対するギャラも受け取っていない。作品の権利はバレエ団側が持っているというのに。これでは労働力をタダで差し出したようなものだ。

 なんというブラック・カンパニー。

 とてつもない怒りが湧いた。自分たちは公演中止に陥ったいまでさえ、雇ったダンサーたちにきちんとギャラを払おうとしているのに。ディアギレフは興行主として、雇用主として成すべき義務を、愛を盾にごまかしていたのだ。おまえはわたしが用意した籠の中で、自分が与える餌だけを食べて、かわいい声で鳴いていればいいのだ。外に出たら最後、たちまち飢え死にだぞ、と。完全な公私混同だ。

 バレエ・リュスに抱いていた幻想が崩れ去っていく。
 ファッショナブルな衣装。一流のアーティストによる音楽や舞台美術。キャビアやワインがふるまわれる豪勢なレセプション。
 あれらは「絶対的エース」ヴァーツラフ・ニジンスキーへの搾取から成り立っていたのだ。

 大ファンだったからこそ、許せない。
 いまでも好きだからこそ、許せない。


 わたしの仕事はこれだ。ロモラはこぶしを握った。ディアギレフを訴えよう。復讐への復讐だと思われてもかまわない。推しが得るべきだった報酬は、わたしが取り返す。わたしは妻という立場を最大限に利用して、推しの代理人の役目を果たそう。

 契約に基づいて、パレス・シアターからはわずかな出演料しか出なかった。参加した32人のダンサーたちはこの状況を知って、出た分の報酬とロシアへ帰る旅費だけでも構わないと申し出てくれた。だがニジンスキーは、予定していた全額のギャラを彼らに支払うと決めた。ロモラも賛成した。時間はかかるかもしれないが、裁判でディアギレフに勝てば、この赤字を補填できる収入を得られるだろう。
 バレエ・リュスとこのカンパニー、どちらがよりホワイトなのか見せつけてやる。

 ──けれど、公演の質そのものはどうだっただろう?
 初日からまもなく、ロンドンの演劇新聞にはこんな評が掲載された。
「もはやニジンスキーの踊りは神のようではなかった。かつての神秘的な芳香はなくなり、古い魔法は解けてしまった」……

 薔薇はすでにしおれかけていた。ロモラは気づかないふりをして、すっかり大きくなったお腹をさすっていた。