Writer/文筆家

【連載】『わたしが推した神』ACT2-12 最後の交わり

 

 統合失調症。
 それが、現代において推測されているニジンスキーの病名である。日本では 2002年まで「精神分裂病」と呼ばれていた疾患だ。
 19世紀末、ドイツの精神科医エミール・クレペリンは、精神病を2つに大別し、うち若年期に発病して人格の荒廃に至る病を「早発性痴呆」と名付けた。この病名を不適切とみなして 「精神分裂病」に改称した人物こそが、ニジンスキーを診断したオイゲン・ブロイラーだった。まさにこの分野の権威である。
 しかし、彼はニジンスキーのカルテに「精神分裂病」の文字を書きこそしたが、はっきりとその診断を下すのを避けた。さしあたり彼に与えられたのは「緊張病(カタトニー)」という病名だった。身体の動きが鈍ったり、コミュニケーション力が乏しくなったり、豊かな表情が失われたりする症状が出る。長らく統合失調症の亜種とみなされていたが、現代では独立した疾患として分類されている病気だ。

 ニジンスキーはブロイラーの病院で2日間を過ごしたあと、ボーデン湖のほとりの街クロイツリンゲンにある「ベルヴュー」という名前のサナトリウムに移された。経営者はルートヴィヒ・ビンスヴァンガー。この病院の3代目で、精神病患者に最上の環境を与えることによって回復を目指すという療法を実践していた。
 転院に付き添ってくれた元かかりつけ医のフレンケルによれば、リゾート・ホテルと見まごうような、広大な敷地を有した清潔なサナトリウムだという。ロモラはほっと胸をなでおろした。 入院費は高いが、ここに決めてもらってよかった。ビンスヴァンガーは芸術への造詣が非常に深く、ニジンスキーを快く受け入れているとの話だった。
 患者の具合が良ければ、外出の許可もおりるという。4月になると、ロモラはさっそく外泊を手配し、近場の別荘を借りて週末をともにした。
 ありがたいことに、万一の事態に備えてフレンケルも外泊に付き合ってくれた。ニジンスキーはおおむね穏やかに過ごしていたが、どういうわけか、彼に対しては攻撃的な態度を取った。
 ロモラは困惑した。フレンケルは、ニジンスキーよりも2、3歳年上の若い医者だ。ハンサムで、優しくて、キュラと同い年の娘がいる。サン・モリッツにいた頃、ニジンスキーは彼を医者として、友人としてとても慕っていたのに。いったいどうして?
 
 いぶかしんでいたロモラだったが、ニジンスキーをサナトリウムに送り届け、サン・モリッツに帰ってからしばらく経ったある日、その理由に思い至った。
「ロモラさん。彼と離婚したらいかがでしょう」
 フレンケルからの言葉を、ロモラはやんわりと退けた。 もう、耳にタコができるほど聞かされてきたセリフだ。怒る気力も残っていない。
 ところが、フレンケルが次に放ったのは予想外の言葉だった。
「離婚して、ぼくと結婚してほしいんです。その意志はありませんか?」
 仰天した。
 ちょっと待って、先生。あなた、奥さんも子どももいるでしょう。そう言っても、ぼくも離婚するから、としつこく食い下がってくる。そんなに驚かないでください。ずっとあなたが好きだったんです。愛しています、ロモラさん。
 やめて、絶対ありえない。そう言って拒否しても、相手は目をぎらつかせて執拗に迫ってくる。いくらイケメンの医者でも気持ち悪い。こんな人に自分とニジンスキーの診察をさせていただなんて、おぞましい。迫られるのと同じ数だけ、必死で断り続けた。こっちはニジンスキーと離れ離れになって落ち込んでるっていうのに、なんだって、こんな面倒に巻き込まれなきゃいけないの!?

 ところが、ようやく追い払ったと思った矢先、サン・モリッツののどかな村内を不吉なニュースが駆けめぐった。フレンケルが精神を病んで、モルヒネを過剰摂取して中毒を起こしたというのだ。
 理由はわからないが、たぶん自殺未遂だろう──との噂だった。

 真相を誰にも打ち明けられないまま、ロモラはひとり鬱々とした日々を過ごした。
 自分がフレンケルの好意に甘えてしまったのが悪かったのだろうか。彼の下心に気づかなかった自分が悪かったのだろうか。でも、フレンケルが自分を見ているとき、わたしはニジンスキーしか見ていなかった。彼だって片想いだと自覚していたはずだ。もしそうだったとしても、この事件の責任の一端は自分にあるのだろうか。繊細な男心とやらをないがしろにした自分の──。

 ロモラは息を呑んだ。
 ひょっとしたら、ニジンスキーはフレンケルの感情に気づいていたのではないだろうか。

 がらんとした別荘に、ロモラの足音が高く響いた。
 ニジンスキーが残していったノートの束を床にひっくり返す。「フレンケル」「フレンケル」「フレンケル」──彼の名前が登場するページを拾い読みして、なんとか解読を試みた。

もう妻は信用できない。彼女が検査のためにぼくのノートをフレンケル先生に渡そうとしていると感じた
妻のところにはフレンケル先生が来ているのを知っているから、ぼくは行かない
ぼくはフレンケル先生が妻と話をしたがっていると感じた。ぼくは出ていった。みんながぼくを必要としていないと感じたからだ

 はっきりとはわからない。けれど、フレンケルとロモラに対して何かを暗に疑っているように読めた。
 ふたりが結託して自分を無理やり治療させようとしている、と思っていたのだろうか。
 それは間違っていない。けれどひょっとしたら、 それ以上の事態を想像していたのかもしれない。
 ──たとえば、フレンケルとロモラが自分に隠れて不倫している、とか。

 
 絶望のあまり立ち上がれなくなりそうだった。
 フレンケルの横恋慕を察して、最初は静観していたが、そのうち我慢できなくなって外泊のときに怒りを爆発させた。それならば納得できる。けれど、この書きぶりからみるに、ニジンスキーは自分に対してまで疑いをかけている。それだけじゃない。 ニジンスキーの態度はまるで、フレンケルに積極的に妻を譲ろうとしているがごときだ。
 なぜみんな、わたしの身の振りを勝手に決めたがるのだろう。別れろと周りから説得されるのはまだ耐えられる。けれど当のニジンスキーが、別の男との関係を疑って、自分から手を離そうとしていただなんて。

もしきみが、ぼくよりもずっと愛している人に出会ったら、すぐにぼくに話してほしい
 ──あのことばの伏線を自分で勝手に回収していただなんて。もし病気から来る妄想だとしても、あんまりだ。

 彼にとって、もうわたしは必要な人間ではないのだろうか。

 患者に自由を与えるビンスヴァンガーの方針で、ニジンスキーはサナトリウムで好きなときに踊ることを許されていた。医者も看護師たちも芸術家としての彼を尊重し、手厚く面倒をみて、芸術活動のための環境を整えてやっているという。まるでディアギレフとの蜜月時代のバレエ・リュスのように。
 もしこの治療が功を奏して、彼が回復したとしても、それはあくまでもロモラを抜きにして、ということだ。すべてが振り出しに戻ってしまう。1912年にブダペストでロモラと出会うよりも前の状態に。
 己の無力を認めて、ここで手を引かねばならないのだろうか。それこそが彼のためなのだろうか。

 いやだ。

 ロモラの心が悲鳴をあげた。ヴァーツラフ・ニジンスキーなしのわたしの人生なんて、ありえない。彼にとってもそうでなければいやだ。ファンでも、マネージャーでも、ニンフでも、少女でも、生贄でもいい。なんでもいいから、わたしの存在を無かったことにしないでほしい。

 わたしが、ニジンスキーを回復させる。その夢を持つことを許してほしい。
 本当はわたしなんて居ないほうがいい。たとえ、それが真実だったとしても。

 7月。ロモラは継父のオスカーを伴ってクロイツリンゲンのサナトリウムに乗り込んだ。
 院長のビンスヴァンガーは、患者の妻のただならぬ様子を見て眉をひそめた。家族の面会は基本的に歓迎だ。だが、この妻の行動は度を越している。昼夜、夫の世話を焼きまくり、食事のときさえもそばを離れない。病院の規則に反するし、患者の調子が狂ってしまう。 せっかく回復の兆しが見え始めているのに。

 さらにロモラは仰天の行動に出た。夫を退院させたい、と言い出したのだ。
 このサナトリウムは私営の施設だ。医師側が反対しても、家族が強く希望するならば入院を継続できない。「自殺に使えるものは部屋から取り除く」という覚書にサインさせるのがせいぜいだ。どんな説得も聞き入れないまま、妻は本当に患者を連れ帰ってしまった。

 継父は何も考えていなかった。政情不安のためまだブダペストに帰れない状況下にあって、荒れている継娘のご機嫌を取りたいだけだった。一方の母エミリアはこの予想外の事態に呆然とした。やっとの思いでふたりを引き離したのに、なんでまた逆戻りしてしまったの!? この子までも気がおかしくなってしまったとしか思えない!

 嫌がられるのを承知の上で、彼女は娘にニジンスキーをもういちど入院させるように諭し続けた。
 あるときはこうも言った。
ブダペストにいるキュラのことを考えてちょうだい
 5歳になったひとり娘のキュラは、一度はサン・モリッツの学校に通っていたが、この村の子どもたちのコミュニティになじめなくなり、いまはブダペストの祖父母の屋敷で一時的に乳母と暮らしていた。ハンガリーの政情不安は落ち着きつつあったが、祖母としてはかわいい孫の様子が毎日気がかりで仕方がない。状況が落ち着いたら、早く屋敷に帰って抱きしめてあげたい。
 ところがロモラは、遠く離れた場所にいる娘の暮らしをいささかも気にかける風がない。エミリアがどれほどキュラの話をしても生返事だ。まるで存在をまるごと忘れてしまったかのように。

 ──この子は、母性がないのだろうか?

 エミリアは勘ぐった。
 彼女自身、子を生み、夫を亡くしたあとも女優として仕事を続け、ともすると育児をおろそかにしているのではないかと悩むこともあった。けれど娘ふたりのことはいつもかわいいと思ってきたし、ロモラがなつく叔母に嫉妬したりもした。ニジンスキーとの離婚をしつこく迫るのも、娘を心配する気持ちがあるからだった。
 ロモラは、何かが根本的に違った。子どもへの愛情が女の本能であると考えるのは間違っているだろう。けれどそれにしたって、この感情の希薄さはいったい何なのだろう?
 振り返れば、結婚前のロモラは男性との交際にも消極的で、年頃の娘にしては珍しいとひそかに思っていた。奥手といえば聞こえがいいが、実態としては無関心に近い。いまは同じことを、子どもとの関係に対して感じている。

 ロモラ本人には何も自覚がないのだろうか。自分自身の心に違和感を覚えたことはないのだろうか。そう問うて、仮に回答を引き出したところで、この話をどこに収めればいいのかはエミリアにも見当がつかなかった。

 ある日、見慣れない若い医者がサン・モリッツの別荘をたずねてきて、ロモラと1時間ほど話をして帰っていった。ようやく専門家の意見に耳を貸す気になったのだろうか。そんなエミリアのそんな安堵もつかの間、娘はその日の夜、母にこう切り出した。
「お医者様はこう言ったの。彼を回復させるには、性的欲求を湧き上がらせることが重要だって」
 エミリアは愕然として娘の顔を見つめた。
 婚約者にキスされて泣きじゃくっていたかつての娘は、いまはぞっとするほど冷然と、まるで投薬の指示を伝えるような淡々とした声音で、お茶をすすっていた。

 セックスする。娘の夫は、とてもそんな状態ではない。無理やりサナトリウムから連れ出した効果は今のところ皆無に見えた。状態が良い日はお茶を飲みに自分の部屋から出てきたが、悪化すると食事もろくにとらず、専属の看護師から逃れようと暴れるときさえもあった。
 それに、子どもができるかもしれない行為を、いまなぜ? キュラの存在は忘れてしまったも同然なのに。
「お医者って言っても、どこかの怪しい人を連れてきたんでしょう。ブロイラー先生やビンスヴァンガー先生のほうがずっと立派な先生のはずよ」エミリアは叫んだ。「やめて、お願い。殺されるかもしれないわよ」
 娘を制止すべく、母は両腕を上げてニジンスキーの部屋につづく廊下に立ちふさがろうとした。けれど彼女はそれを振り切って、夫の部屋に入っていった。

 横たわる夫の前で、ロモラは服を解いた。
 彼とベッドをともにしたこれまでの日々を思い出しながら。
 トルストイ運動に洗脳されかけた一時期を除けば、ニジンスキーは決して性的に淡白な方ではなかった。一晩に何度も求め、身体に押し入り、息を荒くし、声を漏らしながら精を放つこともあった。このひとは同性愛者ではない。そう確信するにじゅうぶんな反応だった。男性とも愛し合えるのかもしれないが、少なくとも、女性の身体に何も感じない人ではない。

 自分の応え方はどうだっただろう。
 彼を疑わせる不自然な素振りをした夜があったのだろうか。 それがフレンケルとのあらぬ疑いに結びついてしまったのだろうか。 わからない。そもそも一般的に、女性はベッドの上でどんな風に男性を愛するのだろう。

 ──性って、なあに?

 月光に照らされた青白い身体に触れる。もう長いこと大舞台の上に立っていないのに、皮膚から浮き上がる骨や筋ひとつひとつの美しさは損なわれていなかった。
 この身体に惹かれて、自分のものにしたいと願って、わたしは彼を追い続けてきた。
 それなのに、いったい何を間違えたせいで、こんな絶望の淵にまで追い詰められてしまったのだろう。
 わからない。

 けれど、もういちどだけ賭けてはだめ? 確認してはだめ?
 失敗したのだとしたら、やり直してはだめ? 

 ニジンスキーがゆっくりと身を起こした。
「性的欲求を湧き上がらせる」──その目標があっけなく達せられたのを、ロモラは感じた。
 触れられるのも触れるのも、何もかもが久しぶりだ。思い出す。必死で空想していれば、手のなかでこわいほどに膨れる欲望にも、それが侵入してくる痛みにも耐えられることを。

 これはアルルカン。
 これは薔薇の精。
 これは牧神。
 これは金の奴隷。

 これはわたしの推し。
 これは男性じゃない。
 
 だから、大丈夫。わたしはちゃんと応じられる。


 ドアから漏れる母のすすり泣きを聞きながら、ロモラは目をかたく閉じた。